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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)93号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証(昭和六二年特許出願公告第四四二八〇号公報(以下「本願公報」という。)、甲第三号証(昭和六三年五月二三日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願発明は、鍵盤部の操作に対応して自動伴奏部を選定する自動伴奏装置を付属させた電子楽器装置に関するものである(本願公報第一欄第二二行ないし第二四行)。

電子楽器には各音高それぞれに対応する鍵を備え、その鍵を操作することによりその操作鍵音高に対応した演奏音を得るものであるが、その演奏はメロデイと共にこれに対応するベース音、コード和音等の伴奏演奏も同時に行われるもので、主として左手でコード和音を、足でベース音を演奏するようになるものである。しかし、初心者等はメロデイと共にコード和音、さらに伴奏音演奏することが非常に困難であることから、伴奏音を自動演奏させることが考えられている。このような自動伴奏装置を電子楽器に付属させる場合には、鍵盤部の一部を自動伴奏用に特定する必要があり、このため、この特定された部分ではメロデイ、さらに自動演奏では得られないような自由な伴奏音演奏ができず、特に鍵数の限られる一段鍵盤の電子楽器にあつては、メロデイ演奏に使用される音域が著しく減ぜられる状態となり、電子楽器の演奏機能が低下されるという欠点があつた(同第一欄第二五行ないし第三欄第一〇行)。

本願発明は、鍵盤部の一部を自動伴奏用に特定して設定し、この特定された範囲における鍵の操作に対応した伴奏音が発生されるようにすると共に、制御スイツチの操作によつて、前記特定される範囲の鍵盤部でもメロデイ等の通常の鍵操作による演奏音が得られるように切換え設定することができ、限られた数の鍵盤部を有効に使用し得るようにする電子楽器装置を提供することを目的とし(同第三欄第一一行ないし第一九行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(手続補正書の「特許請求の範囲」第一頁第二行ないし第二頁第六行)。

本願発明は、前記構成を採用したことにより、鍵盤を自動伴奏と通常のメロデイ演奏とに共用でき、音域の限られる鍵盤を効率的に使用でき、この場合、鍵盤全体を用いてメロデイ演奏をしながら小節の頭の部分等の適宜のタイミングでスイツチ手段を操作して伴奏用の鍵操作を一時的に行つて該鍵操作に対応する伴奏音情報を記憶してしまえば、伴奏音を自動的に発生させながら再び鍵盤全体を用いて自由なメロデイ演奏ができ、しかも鍵盤の特定領域の伴奏用への切換えと伴奏音情報の記憶の両者を組合わせている一つのスイツチ手段の操作により制御しているので、演奏操作性が向上し、かつメロデイ演奏しながら任意所望の伴奏音を簡単にかつ容易に発生させることができるという作用効果を奏するものである(本願公報第六欄第三七行ないし第四一行、手続補正書第二頁第五行ないし第一七行)。

2 他方、第一引用例及び第二引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。

3 原告は、本願発明は伴奏鍵域の押鍵情報をメロデイ音形成手段に供給する状態にすると、演奏モードを全体としてメロデイ演奏状態に切換えることができると同時に、伴奏鍵域の押鍵によつて発生される楽音の音色をメロデイ音色に自動的に切換えることができ、また、メロデイ演奏モードから自動伴奏モードに切換えると、伴奏鍵域の押鍵に対応して発生させる楽音の楽色を伴奏音色に自動的に切換えることができるもので、メロデイ音色演奏モードから自動伴奏モードに、又はその逆に切換える際に、音色を変更するための音色指定操作を一切必要としない構成であるのに対し、第一引用例記載のものは、その都度、音色指定操作をしなければならない点で両者は相違する旨主張する。

しかしながら、本願発明が原告主張の如きものであるとするためには、被告が反論するように、本願発明のメロデイ音形成手段は、高音域から低音域に到るまでただ一種の音色しか生じないものであり、また、自動伴奏音発生手段は、メロデイ音形成手段の音色とは異なる音色に設定されているものでなければならないところ、前掲甲第二号証(本願公報)、甲第三号証(手続補正書)によれば、本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、本願発明が右要件を備えるものであることは何ら記載されていない。

そして、成立に争いのない甲第六号証(「電子楽器と電気楽器のすべて」誠文堂新光社・昭和四一年一月一五日発行、第九二頁ないし第一三六頁)、乙第一号証(右刊行物の第一三八頁ないし第一四〇頁)には、ヤマハ、東芝、ナシヨナル等のメーカーの電子オルガンが記載されており、それらはいずれも高音部と低音部(あるいは上鍵盤、下鍵盤、ペダル鍵盤)ではそれぞれ複数の音色が設定されていることが認められ、右事実から明らかなように、電子楽器においては、高音域と低音域それぞれが複数の音色を設けており、高音域と低音域で別々の音色を設定し得る構成となつていることが一般であると認められる。

してみると、メロデイ音形成手段が高音域から低音域に到るまで全鍵域唯一の音色しか生じないというのは、電子楽器の一般的技術に反したものであるといい得るものであつて、この点について本願明細書に特別の記載のない本願発明においては、通常の電子楽器と同様、メロデイ音形成手段の音色形成部では高音域と低音域で別々の音色を設定し得るものであると解するのが相当である。

したがつて、原告の本願発明についての前記主張は、本願発明の要旨に基づかないものであるうえ、電子楽器の分野における技術常識にも副わないものであつて採用し得ず、結局、本願発明と第一引用例記載のものとの間に原告主張の相違点を認めることはできない。

4 以上のとおりであつて、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点についての審決の認定に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

(a) 特定された領域の鍵が伴奏音設定用に指定され、各音高それぞれに対応する複数の鍵によつて構成された鍵盤と、

(b) この鍵盤の押下された鍵の押鍵情報を出力する鍵盤回路と、

(c) 前記押鍵情報に基づきメロデイ音を発生するメロデイ音形成手段と、

(d) 自動伴奏音の発生を選定するスイツチ手段と、

(e) 前記スイツチ手段で自動伴奏音の発生が選定された状態で、伴奏音情報を記憶する記憶手段と、

(f) 前記特定された領域以外の鍵操作に対応する押鍵情報を前記メロデイ音形成手段に供給するとともに、前記スイツチ手段による自動伴奏音発生の選定状態に応じて前記特定された領域の鍵操作に対応する押鍵情報の供給を制御するものであつて、前記スイツチ手段で自動伴奏音の発生が選定されない状態では前記特定された領域の鍵操作に対応する押鍵情報を前記メロデイ音形成手段に供給し、前記スイツチ手段で自動伴奏音の発生が選定された状態では前記特定された領域の鍵操作に対応する押鍵情報に基づく伴奏音情報を前記記憶手段に供給し記憶させる制御を行う情報供給手段と、

(g) 前記記憶手段に記憶された伴奏音情報に基づき自動伴奏音を発生する自動伴奏音発生手段と、

(h) を具備したことを特徴とする電子楽器装置

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